「柿の木境界人の集い」解説



「柿の木境界人の集い」ざっくばらんなどうでも良い解説
※設定のお話なので読まなくても大丈夫!


◎世界観について

物語の展開される「繰生町(旧:糸久利)」はドロテー・サリバンで共通してある世界で(「世界の社窓から」、「糸繰り症候群」、「公衆便所譚」や『人間合格』内「秘祭懐胎」等)基本的に作中では怪奇要素のある現実世界です(仮に「現実世界A」とする)。怪奇の起こりに関しては糸繰り症候群で紹介しています。また、京太郎がもといた世界(現代日本)も別の現実世界であり、「現実世界B」とします。
繰生町のある「現実世界A」に、「現実世界B」が交差することによって「現実世界A」を超越した超現実(シュールレアリスム)概念の世界「現実世界A'」が厳密には作中の舞台です。別の世界だけどAを踏襲しているような。
旧糸久利等この辺の設定はあまり「柿の木」の内容とは関係ないので割愛。
「現実世界A'」をさらに細かくわけると、「ノート(筋書)のある世界」と「ノート(筋書)のない世界」に分かれます。


◎「柿の木境界人の集い」とは?

「夏と秋の境界」「境界人(マージナルマン)」「世界と世界の境界」的な意味を含有します。A'世界を形成している要素にして核。


◎登場人物について

京太郎が繰生町に呼ばれて現実世界Aが現実世界A'になることによって、現実世界Aで生きていた人々(「柿の木境界人の集い」のメンバー等、町のひと)はそれぞれ役割を持たされ存在しています(そのため現実世界Aでの実生活を上塗りされている)。
私は役割のことを「記号」と呼んでいるので、以下「記号」とします。
A'では、登場人物はみんな京太郎に対しての記号を持つことで存在している世界です。


【花井陽香】

記号……「(理想の)恋人」「ゴーストライター」
Bでは実際には亡くなっている筈の陽香。現実世界Aではひとりっこで、林業で成功した少し大きめの家に住む少女。
厳密な「ベース」はB世界の菜香だけれど、京太郎は常々彼女に「受け入れられていない自分」を思っていたもので、陽香は京太郎の読書趣味や厳しい家庭を反映し、自分を否定せず優しく接してくれる女の子になっています。
自分の理想を反映した女性なので、京太郎は初っ端から恋心を抱いて彼女を凝視しているところがあります。穴の開くほど見ていても変に思わず受け入れてくれる女の子なので。
また作中で精液風呂に浸かるシーンもありますが、結局は欲望の反映、という感じ。
そして現実世界Bをベースにしていることもあり一番京太郎に近い存在。京太郎のゴーストライターの記号も務め、物語を書き進めている。この物語は現実世界A'を形成する京太郎の自意識的なものから成り立っています。しかしノートは陽香が一度死ぬことで終わりを迎え、京太郎はBの世界と決別することを選び、最終回では「A'のその後の世界(筋書のない世界)」が展開され、彼の現実世界に固定されます。


【明智右子】

記号……「(理想の)母親」「無償の愛」
A世界をベースに存在する女の子。京太郎や陽香、高天よりは年下の15歳。ピアノのある家庭に住む。
作中では京太郎に好意を寄せる場面がありますが、理由に関しては「なんでだろう」とのこと。この辺りは、「無条件に子を愛す」という理想の母親像を反映しています。実のところ京太郎は彼女の好意を判っていて気付かないふりをしている。見返りを与え始めると無償の愛ではなくなってしまうので、その辺り「筋書のある世界」では少し酷なまでに視野に入れていません。
母親であるので、ゆりかごの歌を歌ったりするところも。
強姦されるシーンもあるのですが、此処は母を犯すシーンの再現(突きつけ)のようなもの。
途中、おけらさんが右子の家の扉が開いていることを指摘するシーンがありますが、此処は受け入れられたいというか、甘えたいというか、そんな感じの。おけらさんの「開けてもないし、ひとりでに開いてるんだ。それとも、もしかしたら、きみが開けたのかもしれないな」という台詞は、そういう心情の一端。
レコードはB世界で父親が持っていたもの。
「あんまり女の子と話すの得意じゃなかったけど、右子とならいくら話しててもいいな。なんだろう、妹か何か、そんなところに欲しい感じだ」身内への愛情を示唆。


【小林左子】

記号……「子」「両性」
A世界では耳鼻科の子(本名:瀬戸一彦)。「生まれてくる子どもが男性である可能性も女性である可能性もあった」という理由から両性。
「子」の記号を持ち、「母」の記号を持つ右子にべったりくっついています。独占欲やその届かなさ。
京太郎の夢で、初めて奇妙な登場をしたキャラクターで(陽香は回想だったので)、また「筋書のある世界」の終わりを締めるのもこの子。京太郎がB世界で密かに望んでいた「子」の記号を持つキャラクターなので、彼の中でも「理想」とは関係なく大切にしている。細やかな気配りをしてくれていることも知っているし(「最近気付いたことだけど、楽屋の細かい片付け、あれ左子がしてくれてたんだな。レコードや本を綺麗に並べてさ」)、暴言を吐かれても後に引き摺ったりせず。
「子」性として「母」である右子を強姦するシーンもありますが、前項の記述通りに京太郎に対しての突きつけです。


【金田一弥三郎】

記号……「子」「無性」
高天の家と仲の良い家で生まれた子。「生まれて来なかった子どもが男性である可能性も女性である可能性もなかった」という理由から無性。作中では京太郎のみ、その性別を聞いている(他のメンバーが知っている可能性もあり)。
京太郎の罪の意識が如実に表れている子で、賽の河原など子が死んだこと、子殺しであることを示唆した水子のようなキャラクター。
また「子」の記号を持ち、「父」の記号を持つ高天にくっついています。左子ほどべったりではないところも京太郎の性格故かも? 割りと陽香と遊んでいるのは、京太郎が理想とする陽香像の延長なところが大きいです(本人は子を望んでいたため)。
京太郎がB世界で子どもに嫌悪感を抱くようになったのは子をおろした罪悪感からで、弥三郎は平気、というのも自身の「子」性を持つため。


【高天霊柩車】

記号……「躁状態の自分(=「子」性も含む)」「父親」
父親的温情主義(パターナリズム)を振りかざしている同級の男性、躁状態の自分を反映するため「母」記号を持つ右子には何かと反発する。左子に対しては「小林、お前、この女に騙されてるんじゃないか?」と言葉を掛ける。でも本当に嫌っているわけじゃなくて、右子もそれを判っているので「僕は仲が悪いなんて思ったこと無いけど」と返します。
この物語では唯一A'の世界観を説明する台詞を吐く、イレギュラーな立ち位置です。立ち位置はイレギュラーだけど存在はほかのキャラクターと変わらない、レギュラーな存在です。京太郎を「子」の「父」としたときに、同等の記号を持つに値する。そのため京太郎とは「父同士子同士」の関係性が生まれ、父記号としては互いに「こいつの面倒は自分が見ないと」と思い込んでいる。「僕が高天の扱いを心得ていたように、高天は僕のことをいちばん理解していたに違いない」と京太郎は理解する。
陽香に似ている、と評されるのも「自分」の記号を持つため。
劇が好きで舞台が好きで、映画が好きで、そういう奔放な理想の自分である面もある反面、京太郎が「勝てば」自分が「負ける」、京太郎が「非童貞」であれば自分は「童貞」である(そして潔癖症)、京太郎の学歴コンプレックスに対して受験勉強中である(作中に明示していない設定ですが、夜勉強しているのでよく昼寝している)という対照的な面も併せ持つ。
またA世界における高天は陽香のことを好いています。第四幕「女優礼讃、地蔵和讃」で暗示したり、所々で陽香に構われたがる描写もあります。唯一他人を認める発言をしているのも陽香だけ。作中ではA'の世界なので、あまりそういうことを表に出さないよう秘めているところも……。
作中で「演劇の世界に自分の本当の名前は要らない」というのを決めたのも高天。A'は演劇の世界。一種の自戒でもある。


【おけらさん】

記号……「鬱状態の自分」「B世界」
町にいるひとで、「柿の木境界人の集い」に属さない唯一の登場人物。A'の世界=柿の木境界人の集いの世界としたところで、それに属していない彼は「B世界の自分」を表すキャラクター。欲しがったり居場所がなかったり、でも陽香には少しだけ優しくされている。
私の書き方が悪いせいで脚本の時点ではミスリードになってしまいましたが、最終回でホントにいなくなっているキャラクターはこのひとだけ。実は劇場を飛び出したあと、B世界の京太郎と同じように線路へ向かっているのです。
彼が消失(死亡)すること、京太郎が繰生町を選んだこと、このふたつが「柿の木境界人の集い」の結末になります。
そういう意味で、作中では大事なキーキャラクター。


◎高天の台詞など作中のポイント

高天の質問事項の中で、物語に濃く関係しているのが
「お前は手から離れた真っ赤な鳥をすぐにあきらめることができるか」
「お前は日本書紀よりも古事記を好むか」
「お前は母親との子供を作りたいと思うか」
「お前はヒステリー女の発狂を見て美しいと感じることができるか」
この辺りでしょうか。ひとつめ、ふたつめは作中でモチーフにされている「子」の象徴「赤い鳥」を表すもの。
此処に関してはコラム参照。
「全て肯定、よろしい、大いに結構。お前はそうでなきゃ、お前じゃないんだ」

「S・カルマだって映写機に映った自分の部屋に入って行ったんだ。自分の部屋は世界の果てだ。なんなら、あの中に入ってみるか?」
S・カルマ=超現実作品の登場人物。現実世界B→A'への示唆。

「一房の葡萄」の朗読=赤い鳥。

「へりくつ! そうさ、俺はへりくつを言うのが好きなのさ。この高天霊柩車、自分がこの世でいちばん正しいことを言っていないと気が済まない!」
「きみの世界では、きみがいちばん正しいってことか」
「いや、この世界だってそうだ。つまり、俺以外は全部間違いなんだな」
きみの世界=A、この世界=A'
この台詞に関しては後述。

「いいかお前、理想の女なんて劇の中にしかいないんだ。松井須磨子やリリアン・ギッシュ、それに水の江瀧子のように、映画や舞台の上にいる女がいちばん美しく理想的なんだ。現実の女なんて、それに比べたら、えくぼもあばたさ」
「女優さんの方がそこらの人より美人ってこと?」
「そういう考え方も無論、結構。だがそうじゃない。俺は舞台の上にいる女が好きなんだ。女優だからといって、舞台を降りてしまえば一切の興味がないんだ。一歩でも舞台を降りてしまったらただの取るに足らない女なんだ。もしどうしても結婚しなければ殺すなんて脅されたら、俺は舞台の上で家庭を作るよ」
「それは、変だなあ……それじゃ、買い物にも、どこへも行けやしないじゃないか」
「舞台の上なら、買い物にだって行けるし、海の中だって歩けるし、月にだって行けるさ。知らない惑星だって、途方もない昔にだって行けるんだ」
A'を劇の舞台と見立てたときに、そこにいる女性と結ばれる可能性を示唆している。またその一方で、高天は陽香に対してこういう想いを持つ。

谷崎純一郎「夢の浮橋」=母親への愛や、「母親」記号の女性への性愛。

西條八十=赤い鳥。

第七幕「赤い鳥逃がした」冒頭、「赤い鳥」成立になぞらえて、「子」論。

「シュールレアリスムは夢落ちで終わるべきじゃない。アリスは夢から醒めたが、アンテン君は詩人をやめたんだからな。だけどリアリズムは夢で終わっていいんだ。なんたって、夢ありきの、現実なんだからな。胡蝶の夢と同じさ、夢の世界があるから現実を生きられるようなものだ」
此処をシュールレアリスム(A')の世界ではなく、リアリズム(B世界で見ている夢)の世界として処理しろ、というメタ的発言。前述の後述事項に関する。

「僕は誰よりも自由で、誰よりも窮屈な金魚鉢の底に沈んでいる……」
舞台の上A'と、A'に捕らわれる京太郎の心情を「僕」という一人称で表す。

「お、……おれは……その、……っ……僕は……」
飛び出してきた高天は、陽香が殺されたことによって筋書をなくす。
「僕はそのページを読みながら、一瞬にして、理解してしまった。高天が劇場から飛び出て来て、僕に何も言えなかったのは、……陽香の姿に驚いたんじゃない。彼にはこの後、何の台詞も……与えられていなかったから……だったのか……」


◎前項の後述事項

「柿の木境界人の集い」のメンバーには派閥(?)があります。
右子/左子/弥三郎は京太郎を町へ引き込もうとしている存在。「本当は、あたしだって、あんたとずっと一緒に居たいんです。あたしだけじゃない、他のみんなも、児島君と一緒に居たいんですよ」という左子の台詞がありますが、京太郎へ揺さぶりをかける言葉です。
陽香は中立。自分で選択して欲しかったため、駅へ行くことを止めずに、どちらを選ぶにせよお別れの言葉を言う。
高天は「自分」記号であるB世界での京太郎を想い、B世界で死を成就することを勧めている。「俺はな、忠告をしているんだ。それと、本心を言うなら、少し願ってもいるし、ちょっと怖いかもしれないな」という台詞があって、心のどこか(本心)では町を選んで欲しい気持ちもあったりする。
陽香は揺れているため、高天は唯一自分だけが別意見(正しい意見)を言っていると思っているので、「俺以外は全部間違い」と発言しています。そのため「世界の法律」を自称する場面も。

因みに京太郎が選択を迫られているのは、「このままA'の世界へ残る」か「B世界へ戻って死体を上げるか」のどちらか。夏(八月)が過ぎると、B世界での京太郎は行方不明者となる(身体を別世界へ移したため死体はない)。
高天はこの選択の中で、よくも知らない世界で生きることより、自身の生まれたところへの帰郷(まっとうな死)を勧めている。その一方で、京太郎ありきのA'世界の終わりをも含み、「少し(留まるのを)願ってもいるし、(世界の終わりは)ちょっと怖いかもしれない」とする。


◎「劇」「舞台」ということ、そして最終回

A'世界は基本的に京太郎の自意識によるノート(筋書)によって展開される。そのため、町全体が演劇の舞台であるように表現する。
また、筋書が消えた世界=最終回の終わり部分。
ここから記号に捕らわれず本格的な人間関係を作っていくことが可能になっている、そういう明るいハッピーエンド。

此処からは作中に反映された本当の設定でもないし、非公式中の非公式な話ですが、この世界は徐々に世界Aへ近付いていくのではないかなと思っています。京太郎にもほかの人が見えるようになったり(役者が増えていく?)、普通に生活ができるようになったり、記号のなくなった世界。
もしかしたら京太郎は右子に応えるかもしれないし、高天も陽香への愛を自認していくかもしれない……みたいな、そうはならないかもしれない、みたいな、また全然違う人とも出会うかもしれない……みたいな、そんな感じ。
ただ、この世界におけらさんが戻って来るかどうかは京太郎次第なのではないかなと思います。彼が望めば戻ってくるかもしれないし、望まなければ故人なのだと思います。


◎名前の由来など

児島京太郎……夢野久作「鉄槌」より児島愛太郎。
花井陽香……安倍工房「飢餓同盟」より同盟のリーダー花井太助。
明智右子……江戸川乱歩の明智小五郎と右。
小林左子……江戸川乱歩の小林少年と左。
高天霊柩車……「赤い鳥」の古事記物語を表す「高天」、アンテン君を迎えにくるタヌキが乗ってやってくる柩。
金田一弥三郎……横溝正史の金田一耕助と、弥三郎節。

また本名が判明しているのは、岡本学(高天)。決めているのは瀬戸一彦(左子)と、右子の名前は沙也加。


◎「児島京太郎」について

彼は物語の主人公であり、「柿の木境界人の集い」に入らされたメンバーです。「子」「父」「自分」の記号を持つ。

【作中での動き】
0話、本編以前……
1)「田舎者」同士な両親が結婚、京太郎はひとり息子として生まれる。父親は頑固で母親に美容師の仕事をさせない。このことで母親は少し鬱憤が堪っていた様子。
2)京太郎、頑固親父のもとでストイックに生きる。友達は出来るものの、話題が理解できず、なんだか盛り上がりにかける。同級の相手とは芯で気が合わなくなり、そんな中で本や劇などのひとり趣味にのめり込み、また母親と過度に密接していく。
3)「現実世界B」の陽香は死去している(この話題を京太郎は覚えていて、菜香をベースに陽香の役割を作り出す)。菜香は京太郎に惹かれ始め、次第に接近する。
4)母親の妊娠、堕胎。このことにより、京太郎の中で罪悪感、子どもへの嫌悪等がチラつくようになる。
5)京太郎自身も色々と夢があった筈だったが、就職を余儀なくされる。また、進学校だったため、これまでと同じように「仲間はずれ」な感じが強く心に積もる。フラストレーション。一時的な不安定期に入る(京太郎自身は特筆すべき病理を持っていたわけではない)。

6)踏切へ飛び込んで死のうとした、つもりだったのに、いつのまにかその電車に乗り込んでいた京太郎。その町が近付くにつれ、「現実世界B」のことを忘れていく。
実際には、線路に飛び込んだ「B世界の自分」は死去している。しかし、身体ごとA'の世界へ移った。

本編……
夏の終わりに近付くにつれ、現実世界Bの断片が稀に表出する。京太郎はそれを拒否していて、深く考えないようにしている。
タイムリミットである、自身が線路に飛び込んだ日に選択を迫られ、結局町に残り世界Bとは決別した。

千秋楽における惨殺劇は現実世界Bとのぶつかり合いで生じた劇の一幕。京太郎が世界Bと交わることによって、A'の人間が死ぬところを見せる。結局、タイムリミットへ向けたお芝居でもあり、選択によっては現実でもある、そういう感じ。
犯人は? ということで言えば、京太郎になるのかなあと思います。