少年Aの場合

 デコに日の丸を附した少年少女の群れが、断頭台に向かって一列に並んでいる。彼らは順に、ジャンジャカ頭を落とされている。僕はフワフワした大きな蓮の上に立っていて、その列の一番後ろで、首を落とされるのを待っているらしいのだ。
 ところでこの世界というのは、蓮の連続である。ボトムの部分に海が広がっていて、大きな蓮華が咲いている。その蓮華にも海水が張っており、小さな蓮華が無数に浮いている。小さな蓮華ひとつひとつにまた海が広がっている。これを無限に繰り返したものが、蓮華蔵世界というそうである。
 僕は蓮の上で、ガルーダの鳴き声を聴きながら、花弁の上にコロコロ転がる頭へ視線を注いでいた。ヤハリいずれも、日の丸印のハチマキをしていて……ウン、そうだ……勿論僕も、デコに日の丸を附している。視界の遠く向こうには須弥山だ。僕達は性懲りもなくこの世界に住んでいるので、塩の海が大きく波打つ。
 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! 丁々発止! ……。
 寝ても醒めても断頭台。僕は一歩一歩前進していたわけであるが、ふと気が付くと薄ぼんやりしたライトが視界に揺れている。眠たい目を擦り時計を見る。三時か……もう怖くはない時間だな……僕は二時台が恐ろしく感じていた……なので二時台には鏡を見ないし便所にも行かぬ。三時を見るとホッとする。勉強机から身を起こし、酷く圧迫している膀胱タンクを解消するため、便所へ向かった。
 放尿しながら、アレが猿夢ッて奴かなア、なんてボンヤリ思う。夢の中ではアンマリ怖いと思わなかったけれども、起きてみるとヤッパリ僕は死ぬのかな。二時を過ぎた便所でもそこまで思考が至ると怖くて堪らないのだ。僕はこれでもかというほどあちこちの電気を点けながら部屋に戻った。なあに、朝起きた者が消してくれるさ。それに明るくなったら自分で消しに行けば良いのだ。
 僕は部屋の明かりもつけた。母親が、光が漏れると気になるというのでいつもは机のライトのみで勉強している。来月にはもう試験だな。よくよく考えると、入試とかいう怪物は、幽霊などよりも幾倍か恐ろしい。あんな夢を見たのもこれのせいなのだ。僕は受験についての話題が少しでも上ると、表まで走って行って人を殺したくなる程であった。何も勉強がつらいのではない。勉強以外のところがつらいので、参っているのである。勉強をする時間は人間が持つ二十四時間の殆どをドッサリ与えられているというのに、僕は勉強よりも空想が好きだった。後ろ姿は勉強をしているようでも、頭の中では、僕が強者ならアイツをこうやって殺すだろう……なんてことを空想して楽しんでいる。それもまた然りだし、抜け切らない思春期が脳髄の奥で太鼓を叩いて踊るのだった。
 それは例えばこうだ。
 僕がこうやッて勉強していると、後ろからケバケバしい女がやってくる。ドウやって侵入したかはこの際ドウでも良いのである。彼女は僕が勉強しているというのに、チョッカイをかけてくるのだ。「ホラ、きみ、ちょっと脱いでみなさいよ」なんて言う。
 というのも僕はなんだか露出狂の癖があるらしくて、家に一人だとズボンとボクサーをずり下ろして勉強している。全部脱いではいけない。足元にぐちゃぐちゃにくっついたまま、机に向かっている。暫くはそれで勉強しているのだがヤハリ我慢ならぬ。幾らもしないうちに自慰をする。自分の意志は勉強に向いているのだと信じてはいるが、こういうのは食欲と似たようなもので、ちょっとした「自慰をする/しない」の分岐点が両腕をガンガン引っ張ってくるのである。これは厄介だ。脱ぐということはイコール誰もいないときだけで、抜くということはイコール脱いでいるときなのだ。この条件が揃ってしまうと勉強の優先順位はズルズルと階下へ粘り落ちる。
 いっそのこと家には誰か居て欲しい。僕の部屋と父母の寝室は襖で隔てられている。いつもそこを開け放っていて、母親は洗濯物を寝室で畳む。いつも洗濯物を畳んでいて欲しい。数多の洗濯物を、布、布、ドンドン湧き出ずる布の温泉を、姉さん、母さん、その温泉源から布を引っ張り出していつも畳んでいて欲しい、父さん、趣味の映画鑑賞をずっとしていて欲しい、君達は僕の邪魔になると思っているかもしれないがそれは間違いだ!
 僕はいつの間にかまた寝こけた。幾らもしないうちに眠ってしまったので、あの夢だった。
 断頭台か……僕はもう死んでしまってもいいのかな……起きてもきっと露出欲しかない男なのだ……ここで首の断面を露出するのもドンナにか気持ちよかろう……丁々発止……丁々発止……丁々発止……丁々発止……塩の波が花弁に打ち付けられる……こんな願望を抱いている間にもライバルは黙々と勉強しているのだろう。
 一日経っても一週間経っても僕の番は来なかった。ガッカリもしていたけれども、助かったという気持ちもあって、転がる頭に慈愛すら感じ始めた。ある日見知った顔を見つけた。これは僕の隣に席がある女の子の顔だ。そういえば彼女は看護学部への推薦で試験に落ちたと言っていたな。なるほど、現実でも夢でも落ちたのか。フム。僕も受験から転がり落ちると首を転がすことになるのかな。
 ひとつ実験がしたくなって僕は万引きをした。色々言われたけれども、万引きでは受験に影響がなかったようなので、今度は空き家に火をつけた。それが延焼してオオゴトになった。これならドウなるかと思っていたけれども、受験という舞台からも転がり落ちてしまったようなので、二度とあの夢は見なくなってしまったのだった。僕は二度ガッカリした。


少年Bの場合

 ロリータコンプレックス、ロリコンというものがある。僕も一時期はその片鱗を味わったひとりだった。中学の頃、幼い女の子は無邪気で、きっと僕を拒否しないだろうと思っていた。それに、拒否されたとしても力ですぐにドウにか出来るし、そうでなくても犬猫と同じように、幼いもの……小さいものは可愛らしいと感じていた。しかし今になってみると、そんなものは一過性に過ぎなかったのだ。
 というのも僕はいま十五歳年上の女性と交際している。もしかすると諸君の中に、年下の女の子が好きな男性が居て、「そんな年増を相手にするなんておかしい」と論う者がいるかもしれないが、少し考えてみて欲しい。女というのはもとより母になる素質を持ち併せる存在である。母なる存在は大抵、アカンボのやることを大目に見るものだ。
 諸君、考えてみたまえ。全人類はひとりの女性から生まれたのだ。人間はミトコンドリア・イヴを大先祖にもつ、巨大な同一のネットワークなんだ。母性という感性が誕生したのは近頃のことだというけれども、我々は母親の宇宙を軸に、前後不覚の系譜を歩いている。母性よりも先に「子性」が存在していたのではないか? ……僕はそういう考えで、系譜を繋ぐ母なる女性に、大きな宇宙を感じているのだった。
 古来女性というものは蔑視されてきた存在である。古事記などに見ても、女の方から声掛けするのはいけないという。その手順を間違えてしまえば、ヒルコやアハシマが生まれてしまうのだ。神の世界でも女性は男性の次なのだから、人間の世界でもそれがコモンセンス……むしろ神がそうするのだからと積極的に肯定されたのかもしれなかった。それでも僕は母の宇宙観に恋する。自らの母に恋するし、諸君らの母にも恋するし、いずれ母になろう女性にも恋するし、母になれなかった母にも恋するだろう。そういうわけで、母を一番彷彿とさせる年上女性の宇宙に僕は魅せられてしまった。
 ところが女性というのは並はずれた母性を持つ。
「またその……なんとかいうアイドル?」
「そうよ、今度××筋の××ホールに来るんですってよ。あたし行きたいなあ」
「ふん。お前にしてみたら、子どもみたいなものじゃないか」
「あ、そうね。息子みたいに感じるのかもしれないわ。ま、あたしはまだこんなに大きな子どもがいるトシじゃないけどね」
 僕は自分でも驚いたことに、息子のようだと形容されたアイドルに対して嫉妬心を覚えた。……僕は恋人ではなく、息子として愛されたかったのだ。色んなことに目を瞑って欲しかった。何においても肯定して欲しかった。許されたかったんだ……僕はただ許されたかったんだ! 不出来な自分を……それでも見捨てずに……。
 女が母であれば……。僕は、女がアイドルに傾倒すると共に、そんな空想を抱き続けていた。女がアイドルに傾倒することと、僕の空想は比例する。<y=3x>……数字にしてみるとこれくらいのものかもしれない。それにしても、最近は飯を食っててもそいつの話ばっかりだな……。もう判ったよ、そのドラマの同じシーンの話三回はしたよ。
 もし僕が彼女の子だったら? そうだなア、僕はとにかくアカンボになりたい。ベビーベッドの中で夢を見たい。ミトコンドリア・イヴの系譜をその一手に受け止めながら……。出来れば下の兄弟が欲しいな。幼児退行というものがあるだろう。僕は二度アカンボをやるのだ。きみは小さな身体を抱き上げて歩行器に通してくれる……、豆椅子に座らせてくれる……、風呂に入れてくれる……、嘔吐や排泄物を浴びても許してくれる……、ふと僕は思う。子を許すのが母なら子を許さないのは誰なのだろう? 知りたい。それにしてもこの生写真とうちわだっけ、そんなに並んでまで買うものなの? そっか……。そういう楽しみ方もあるんだね。
 諸君らは「母」という言葉を出すと嫌な顔をするかもしれない。しかし「姉」や「妹」はどうだろう。メディア展開を考えてみても、「母」よりよっぽどポピュラーであることは僕も否定しない。「母」よりだいぶ嫌悪が薄いかもしれない。それはきっと、姉や妹が二親等であるからではないだろうか? これはたんなる推測だけれど……。待ってくれよ、その日は僕と出掛けるって言ったじゃないか、なんだよコンサートって。
 ──……子どもとは、躾られたい生き物なのである。怒られるのを判っていて、怒られるのを期待して、こんなことをしてみせているんだぞ……と母に電波を発する。だから僕も、幼児還りをして、その宇宙へ踏み込んだ。
「あっ、電池切れちゃった。ブログ見たかったのに……ねえ、携帯貸して」
「いいよ。それと僕、クラスの女の子とキスしたよ」


少年Cの場合

 僕はテレビが好きだ。愛している。僕はディストピア日本に対して、強く強く信頼感を置いている。僻地でゴミ扱いされるマスコミにも。昔の、社説を戦わせていた各新聞社なんかより、障りの無い記事ばかり連ねている今の新聞が大好きだ。僕は、ディストピアに「守られている」とすら感じている。
 僕は人一倍怖がりで、見たくないものは見たくない。チャンネルを替えれば、見たくないものを覆ってくれる。映像を切り貼りして、編集して、マズイものは見せない。こんなに安心できるものッてほかにあるだろうか? 放送作家が好きだ。やらせが好きだ。現実ではないフィクションドラマが好きだ。放送禁止用語、有り難い。生放送? ……そうだな、テレビは大好きだけど、生放送はあんまり好きじゃないよ。何が起こるか判らないからね。
 勿論、でッかいスクリーンも好きだな……彼らは台本通りの動きしかしない……死んだって死なないし、泣きのラストだって作り物だし、でもその作り物を見て泣いたり笑ったりするんだから人間って素直だ。そんなわけで、テレビが大好きな理由は概ね理解して貰えただろう。
 今でこそ僕はテレビが好きだ。昔はそうじゃあなかった。箱の中で幸せそうにしている出演者が憎かった。自分はあんな風に笑えないと思ったし、醜い自分と比較すると酷く劣等感を感じた。けれども、この箱の中は別個の宇宙であり、自分たち人間と比較すべきものではないと考え直してから、劣等感は消えた。
 家にいるときはテレビを見ているし、外でもワンセグを立ち上げている。自分の部屋にはテレビがないから、いつも居間で座っている。よくよく考えれば、自室なんてホントウに必要だろうか? 勉強だって、遊びだって、リビングで出来るじゃないか。あんなものは物置きだよ。そりゃあ、たまに、こもりたくなるときもあるけど。でも、ここ数年は、自分の部屋はずっと物置き。母はよく自室に居る。裁縫するときに、静かな方が捗るんだって。僕がテレビをつけてるからうるさいんだって。
 ああ、今日もまたあの番組の時間だ。テレビをつけないと。
 インターネットか、インターネット、あれは有毒だよ。害だよ。ホントウに心美しい人であればインターネットなんてしないよ。テレビなんて虚構じみている、とインターネットの住人は言うかもしれないが、虚構の何が悪いんだ。テレビだけを見て世界を知った気になっているわけではないけれど、テレビの世界をすべてにした方が、随分楽だ。いっぺん、ネット環境を捨ててみるといい。すごく快適だし、心清らかになる。
 そうだ、スマホなんていじらない方がいい。ツイッターのクライアントアプリも消してしまえ。ブログも閉鎖しろ。SNSのネットワークになんて頼るな。オンラインゲームをちまちまやってたって、ストレスがたまるだけだ。まとめブログ? そんなもの見てドウするんだ、自分の時間が消えるばッかりで後はなんにも残らないじゃないか。チャットなんてやってるんじゃない、自分と対話する時間を増やした方がいいよ。通話アプリ、そんなものなくたッて、人間は途方もない時間を普通に生きてきたじゃないか。ネットバンクなんか使うなよ、人生左右するぞ。あと、架空通貨とか買ってどんすんの。普通に金払って買えるもの買った方が幾らかマシじゃないか。ネットアイドルか、女の子は好きだけどなんだよ被写体って、素人が作った写真集に金払うほどきみは裕福なのかい。
 恐らく、きみは腑に落ちない顔をしているだろう。何せ、僕がインターネット・コンテンツのひとつなんだからね。そういうものなんだよ、インターネットってのはそういうものなんだ。平気でこういうことをするんだよ。だから有毒なんだ。いい勉強になったろう。
 ところで僕はこないだ、テレビを見ているとき以外で久し振りに泣いたよ。僕はどんな友人や知り合いに、どんな記念日を忘れられていたって、何も感じりゃしないけど、親に誕生日を忘れられるとなんだか腹が立ってくる。おめでとうのひとつもないのか、なんて思っちゃって、思わず母親を殴って自室に入ったんだ。そしたらさ、物置きと化した机の上で、見慣れないぬいぐるみがプレゼントを抱いていたんだよ。どうも母親が編んだぬいぐるみらしい。リビングで生活してたせいで、僕はこれに気付かなかったんだ。僕は大変なことをしてしまったなって、どんなドラマよりもしょうもないことだったのに、泣いちゃったよ。つまり、そうだな、テレビとは違って、人生を編集することはできないってこと。
 そんなの当たり前なんだけど、こんなことがあると、僕はやっぱりテレビが大好きなんだ。テレビになりたいな。テレビ番組になりたい。誰か、僕の言葉にテロップをつけて。スポンサーを流して。僕の中の観覧者が僕の番組を観覧する、そして喝采、それからお便りをください、宛先はこちら……。おしらせです、あなたの町の不思議を、お寄せください……。僕のニュースを、僕の中のアナウンサーが、僕の原稿を通して、僕のカメラマンに撮られながら、僕の視聴者へアナウンスする……。さて、僕の専門家が、僕の中で起こった事件について解説をはじめた。僕が編集したVを視聴者や専門家・司会者と見ながら、犯人である僕と被害者である僕について考察を加える。僕の中で台風が予想されている。僕の中の終戦記念日に、僕は参列する。僕の中の歌手は僕の中の作曲家が作った鎮魂歌を歌う。それで僕の中の兵隊は僕の中で満足している。おっと、僕の中の料理の先生は、助手と一緒になにか作っているようだ。僕が提供するCMを挟んで……。
 ツェー、デー、エー、エフ、ゲー、アー、ハー、僕だらけの楽団の真ん中で指揮をする僕の中の指揮者、いいカメラワークだ、さあ、フィナーレはこの曲です。


少年Dの場合

 ファンデーション、マスカラ、リップスティック、アイシャドー、マネキュア、コンシーラー、僕はポーチを開く。
 血反吐吐きそな憎しみしかないタイムライン、自賛リツイート、自賛ファボ、エゴサーチ、僕はそっと鍵かける。
 魔法少女、幼児アクセサリー、フェイクスイーツ、ヴィレヴァン、セーラー戦士、都会、僕は服を着る。
 これはあいつの陰謀だ。僕はゆらゆら揺れる視界を振り切るように頭をぐしゃぐしゃに抱える。タイムラインで暖を取ると、火がついて火事になってしまう。僕は火を見るのが好きな馬鹿だった。
 マッチを擦る。学校で、家で、バスの中で、風呂場で、タイムラインに火をつける。
 それから僕は唇に火をつける。マッチを擦って唇をなぞる。遺影と遺影に挟まれた僕の顔は、火の光で輪郭をぼやけさせるが、それが好きだ。この火を消すと、僕は自分が嫌いだった。
 ファインダー越しに僕は彼を睨む。ファインダーの向こうにいるフォロワーを睨む。一種の儀式である。こうやって僕がタイムラインに現れると、なんの遠慮もなしにあちこちに拡散される。それがまた嬉しい。ただそれが不意に憎らしくなって、僕はまた大火事を起こす。
 馬鹿な女の話は聴きたくない。だから突っぱねてしまう。可愛い女の子の話は聴く。可愛いから。
 画面の前だけは、僕も彼女らも魔法少女であり、アイドルだ。クラスルームの隅っこで、グラウンドを眺めながら聞き流す授業時間は、OVAだ。フォトグラファーや映画監督は、僕の何を知っているだろうか。

 親とは人並みに喧嘩する。さて僕は薬局の二階、化粧品売り場から買ってきたアイライナーの箱を手早く開けて、その箱をポイした。今日は親がいない日だ。自分の遺影を見ながら、肌にファンデーションを塗る。アイメイクをする。唇に火をつける。彼女らの好きな格好をして、シャッターを切る。遺影が量産される。拡散される。
 進学、受験、就職、死に際、僕も彼女らもそうやって大人になって、タイムラインを去っていく。
 さようなら、みなさん! ……そしてその二日後には、新しい遺影を撮る。
 触ろうとしないで。
 今はただ、ピアノの高い音だけが怖い。


少年Eの場合

 なじみの皮膚科が更地になった裏の空き家。僕と君と、たった二人で向かい合って、朝まで苦しめあっている。君の、日に焼けていない真っ白な首を見ていると、強く絞めたくなる。まるで夏の湖のような瞳を見ていると、触ってみたくなる。あれから五年、君がこんな風になっているなんて知らなかった。
 あれも夏の日だった。僕は十四、あの人は確か十六。なんだかんだ言って、あの頃の僕は幸せで、あの人が弾くピアノが好きで、よく判らないながら僕は「ベートーベン、ベートーベン弾いて」なんて……。未だにベートーベンがどんな曲作ってたのかなんて、まったく知らないんだ。
 君は、あの人によく似ていた。あの人も、夏の湖のような、それともズット向こうまで見渡せる丘のような瞳をしていて、……畜生、なんでこんなに胃がザワザワするんだろう!
 彼女は僕に言ったんだ、ひとりで育てるって言ったんだ、それでピアノも辞めたんだ、恋も辞めたんだ、学校も辞めたんだ、その間に僕は人間を辞めていた。あの人の目を盗んで、君をこんなところへ連れ込んでも、僕は罪悪感なんて感じちゃいないんだ。僕はあの野郎が嫌いだった、ただそれだけだったのに……。
 君はきっと、小学校へ上がって、中学にも行って、色んな言葉を覚えて、色んな恋をするんだろう。好きな曲を聴くのだろう。嫌いな奴も、好きな奴もどんどん増えてくだろう。それなのに、もし僕がここで首をキュッとやってしまったら、君に約束された明日はもう来ないんだ。君のことを愛してくれる人も、大事にしてくれる人も現れるだろうけど、彼らから君を奪い去ることが、僕には出来た。君の手はなんてちっちゃいんだろう。僕にもこんな頃があった。母や祖母とよく出掛けたこと、今も鮮明に覚えている……。

 某月某日、幾つめのインスタントラーメンだったか、夏場はヤッパリ虫が多くてキッチンが嫌いだ。
 昨日も夏だったし、明日も夏だ。明後日も夏だろうし、でもいつか夏も終わるんだろうな……。そんなこと、信じられないけど……。
 幾つめかのインスタントラーメンをそのまま便所へ吐き出して、僕は今日も脚立に上る。虫も夏もピアノもウンザリだ。恥ずかしくて一度も言えなかったけど、僕はずっと好きだったよ。